四国八十八ヶ所霊場奥の院 高知県       
24番 最御崎寺奥の院 一夜建立岩屋 24番 最御崎寺奥の院 四十寺 26番 金剛頂寺奥の院 池山神社 26番 金剛頂寺奥の院 不動岩
27番 神峰寺奥の院 神峰神社 28番 大日寺奥の院 爪彫薬師 29番 国分寺奥の院 毘沙門堂 30番 善楽寺 奥の院 安楽寺
31番 竹林寺奥の院 船岡堂 32番 禅師峰寺奥の院 薬師寺 33番 雪渓寺奥の院 御座大師 33番 雪渓寺奥の院 中谷堂
34番 種間寺奥の院 本尾山 35番 清滝寺奥の院 閼伽井の水 36番 青龍寺奥の院 波切不動 37番 岩本寺奥の院 矢負地蔵
38番 金剛福寺奥の院 白皇神社 38番 金剛福寺奥の院 白皇山 39番 延光寺奥の院 南光院
27番 神峰寺前札所 養心庵 30番 善楽寺元札所 土佐神社  37番 岩本寺元札所 高岡神社 38番 金剛福寺前札所 真念庵
番外札所 月山神社

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第30番札所 善楽寺 奥の院   安楽寺
正式名 妙色山 金性院 安楽寺
本  尊 阿弥陀如来
開  基 菅原高視
創建年 延喜年間(901年-923年)
別  称
所在地 高知県高知市洞ヶ島町5-3
電話番号 088-845-1096
距  離 30番 善楽寺 --5.7km
他の札所
納経所 安楽寺 納経

延喜年間(901年-923年)、菅原道真の長子である菅原高視が配流先の土佐国潮江高視の里で菅原道真逝去の知らせうけて当地に天満宮を建立するに際し、築紫菩提寺に因り建立した寺とされる。その後、12坊を有する大寺院となったが応仁の乱(1467年-1477年)の兵火を受けて焼失し衰退、栄俊の時代には久万城主毛利吉政に菩提寺と定められるなどして復興するが戦国の動乱で再び衰退、など盛衰を繰り返した。江戸時代になって寛文年間(1661年-1673年)に弘法寺の栄俊大徳による再興が行われ、このとき号を金性院と改められた。明治時代初頭の廃仏毀釈の影響でついに廃寺となったが、明治8年(1875年)に常宝により旧瑞応寺跡に再興されて、現在に至っている。

1993年まで善楽寺とともに四国八十八箇所第30番札所に定められていた。1994年1月1日より善楽寺を第30番札所、当寺を第30番札所奥の院と定められている。

木造阿弥陀如来坐像 :国の重要文化財(1911年(明治44年)4月17日指定、旧国宝)

境内には、板垣退助の生家である乾家の墓地がある。
本堂 大師堂
全景 多宝塔
鐘楼門 護摩堂

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